悪夢をみているような12月20日、最高裁法廷 ―辺野古訴訟、沖縄県側敗訴の瞬間―

悪夢をみているような12月20日、最高裁法廷
―――辺野古訴訟、沖縄県側敗訴の瞬間―――

 最高裁判所で3時から辺野古訴訟の判決が出るので早めに1時半から最高裁の前に並んだ。1時40分から傍聴券を配り抽選。この時並んでいた人は少なかったので、傍聴券が当たった。2時過ぎに来た人は傍聴できなかった。
傍聴券をもって最高裁に初めて入った。外観からして牢獄を思わせるたたずまい。大理石等の大きな石を積み重ね、窓が小さく、非常に威圧的に感じさせる建物で、これでは外からの声は一切聞こえないだろう。

 最高裁第2小法廷。法廷には裁判官の椅子が5つあり、裁判官の真ん中の後ろに観音開きの扉がある。傍聴人にはそれが、どうしてかわからないが、火葬場の棺を焼く扉、そこを開いて棺をすーっと入れるところ、何故か、そんな風に感じられた。
法廷に傍聴人が着席。傍聴席の後ろに大勢のカメラを持った報道陣。
書記官から「まもなく開廷します。」

 後ろの観音開きの扉が開いて裁判官4名が着席。
鬼丸かおる裁判長は襟元には真っ白な大きなリボンをつけ、裁判官の黒い法衣を着て現れた。
パチパチ、カシャカシャ、カメラのシャッター音、書記官から「後、30秒です。撮影を終了してください。」約2分間のカメラ撮影の後、撮影者は全員退廷した。

 鬼丸かおる裁判長「開廷します。」
書記官が 「上告人・・・ 被上告人・・について」と読み上げた後、
鬼丸かおる裁判長「主文 本件上告を棄却します。(メモもとりきれないほどはっきりしない声だった。多分こういったのだろう。)閉廷します。」といい、裁判官たちは立ち上がり後ろの扉に消えた。裁判官4人の全員一致の結論である。
この間、 たったの20秒足らずであった。

 鬼丸かおる裁判長は杉並在住で弁護士から最高裁判事に異例の抜擢された人という。1991年~2000年まで杉並区教育委員であった。この頃は良心的な人だったらしい。2013年2月に最高裁判事に就任し、史上5人目の女性の最高裁判事である。

 最高裁判決の後、衆議院第1議員会館で「12・20辺野古最高裁判決緊急報告集会」があった。
辺野古弁護団の竹下勇夫弁護士から「極めて残念な判決」と嗚咽をこらえて報告があった。オール沖縄会議共同代表高里鈴代さんから
「基地の縮小を訴え、立ち上がる県民に対し、行政に代わり、今度は最高裁という司法が沖縄の生存権を拒否する、否定する判決を出した最高裁の判決はまさに政府の写し鏡の姿勢ではないか」と発言があった。
日本には司法の独立はないのか
この晩、鬼丸かおる裁判長の真っ白な胸リボンが、私の悪夢に出てきた。


  ㊟ 最高裁第2小法廷の鬼丸かおる裁判長は元杉並区教育委員

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